南の小さな島の沖合に、海の中が急に深く、崖のようになっている場所がありました。
その崖には、色とりどりのサンゴやイソギンチャクや、沢山の魚たちが住んでいました。
そして、その崖の真ん中あたり、少し暗くなったぐらいのところに、小さな洞穴のような穴が空いていて、そこには小さな小さな双子の人魚が住んでいました。
ふたりは、とっても仲が良くって、いつも一緒に遊んでいました。
でも一つだけ、違う事がありました。
青い人魚のキリはもっと深くて真っ暗なほうに行きたがりましたが、
グリーンの
人魚のウリは薄っすらと光が見える、上のほうに行きたがりました。
結局いつも、ちょっとだけ上に行ったりしたに行ったりするだけで、いつも、お家の回りで遊んでいました。
ある日、キリが提案しました。
「お互い、自分の好きなところまで行って、報告し合おう。そして気に入ったら一緒に行こう。」というものでした。
キリは一度一人で冒険してみたかったのです。
「じゃあ、行ってみるね」
と言って、早速深く潜り始めました。
キリを暫く見送って、ウリも上のほうに泳ぎ始めました。
キリはだいぶ潜ったつもりでしたが、まだ先が真っ暗で何も見えません。段々と怖くなって来ました。そんな時、ウリも怖がっているのを感じました。
慌てて、キリは戻り始めました。おうちの近くで、戻って来ていたウリに会いました。
ウリは
「まぶしすぎて何も見えなかったの。何だか怖くなって戻ってきたの。」
というと、キリも
「暗すぎて何も見えなかったわ。私も段々と怖くなってきたの。」
と言いました。
それから数日後、今度はふたりで、上のほうに行くことにしました。
だんだん明るくなって来て、とうとうまぶしすぎて何も見えなくなってしまいました。
「ねっ 何にも見えないでしょう?」
とウリが言うと、エルはうんと言いながら、そのあたりを泳いでみました。
しばらくすると、段々と目が慣れてきて、いろんなものがいることが分かりました。
「見てっ あれすんごくきれい!!」
行ってみると、きらきら光るイソギンチャクがいました。そしてよく見ると沢山の色とりどりの小さな魚たちが泳いでいます。
どんどんと見えるようになって、周りには面白い形の海藻や、珊瑚がたくさんあるのも分かりました。
自分たちと同じぐらいの大きさの、クマノミがいそぎんちゃくの中から呼んでいます。
キリとウリはふたりで手を繋ぎながら、ゆっくりと近づいてみました。
クマノミは大きなイソギンチャクのひらひらをかき分けて、真ん中に案内してくれました。そして
「僕はこのイソギンチャクから離れたことないんだけど、君たちはどこから来たの? この向こうに何があるか知ってる?」
と、イソギンチャクの真ん中の穴を見て、聞きました。
イソギンチャクが光って見えたのは、ここからの光でした。真ん中は、まぶしすぎてよく見えなかったけど、ずっと奥のほうまで続いてるようでした。
ふたりは、同時に首を振りました。
キリは「私たちは、下の方から上がってきたの、イソギンチャクも初めて見るの」と言いながら、もう一度一生懸命覗きましたが、やはり何も見えません。さっき上がってきた時よりもっとまぶしい光がいっぱいです。
それから、暫く、イソギンチャクのひらひらでみんなで遊んだり、色んな事を教えてもらいました。他の沢山のきれいな魚たちとも友達になれました。
たっぷり遊んで、また来ることを約束して、ふたりはお家に帰りました。
ふたりは楽しくって、数日通いましたが、キリはやっぱり、暗い底の方も気になりました。ここがこんなに楽しいなら、きっと暗い方にも、色々楽しい事や友達になれる魚たちがいるんじゃないかと思ったのです。
ある日、ウリに相談しましたが、気が進まないようです。
キリは思い切って、一人で出かけることにしました。
段々と暗くなって、見えにくくなってきました。前、潜ったあたりを少し過ぎたあたりで、少し光るものを見つけました。
キリはうれしくなって、その光に向かって、さらに潜っていきました。
近づいてみると、それはきれいなクラゲでした。透明な体の中で、虹色の光が点滅しながら動いています。とても美しくて見とれていると、クラゲが気が付き、こちらを見ました。
「あら、珍しい、随分潜ってきたのね。」と言うのでびっくりして
「私を知ってるんですか?」と聞くと
「ええ たまに上に上がるから。私は透明になるから、見えないと思うけど」
と言って、かすかに笑ったように感じました。
キリは、どうしても、下の世界に何があるか知りたかったことや、上の世界が、とてもきれいで楽しかった事などを話しました。
光るクラゲは、優しく光りながら聞いてくれました。そして、もう少し潜ってみると面白いものに会えるかも・・・と教えてくれました。
光るクラゲが、教えてくれた方向にもぐってみると、ぼんやりした光がいくつか見えました。近づいてみると、提灯あんこうの家族でした。小さな子供の提灯あんこうが近づいてきました。慌てて、お父さんアンコウやお母さんアンコウも後をついてきました。
子供の提灯あんこうに誘われるままに、そのまま潜り続けました。お父さんアンコウとお母さんアンコウが付いて来てくれているので、とても安心です。
そして、とうとう大きな岩のある海の底に着きました。
その岩の下のほうに、ぐるぐる巻きの貝のようなものがくっついていました。
「この奥に何があるかしってる?」
と子供のあんこうが中を照らしながら聞きました。
「ううん、ここまで潜ったのも初めてだから」
「そうなんだ。お父さんも、お母さんも行っちゃダメっていうんだ」
と、興味津々で、中を覗き込んでいます。
一緒になって、中を覗き込むと、なんだか向こうの方に、ほんの少し光が見えるような気がしました。
「ちょっとだけ、行ってみるね」
と言って、思い切ってぐるぐる巻きの中に入ってみました。少し進むと、光が段々明るくなってきたような気がしました。周りの壁は、きらきらと光って綺麗です。振り向くと、もう提灯あんこうの姿は見えませんでしたが、光にひかれて、進んで行くことにしました。
光が強くなって、周りの壁のキラキラも、周りの壁さえも見えにくくなってきました。
その時、自分の体が、軽くなったような、浮いたような感覚になって、自分で泳いでるのではなく、勝手に進んでるようでした。
そして、上も下も分からなく進んでるのかも分からなくなったけど、全然怖さはなく、とっても気持ちが良くって、とってもハッピーな気分になっていました。
どれくらいたったかもわからなくなってたけど、ふと聞き覚えのある声が聞こえてきました。
我に返って、その声の方に進んでみました。向こうの方に、ひらひらが見えます。そしてその隙間から、ウリとクマノミ君が行ったり来たりしているのがちらちら見えました。
びっくりして、スピードをあげて進みました。
まさかと思ったけど、やっぱりあのイソギンチャクの、真ん中から出たのでした。
キリ以上にびっくりしたのは、ウリとクマノミ君でした。
はじめは目と口を大きく開けたまま、固まっていましたが、やっと
「どうして?」とウリが聞きました。
キリは、詳しく事情を説明しました。
とっても気持ちいいから、今度はこっちから入ってみようと、誘いましたが、ウリはまだ、信じられないようでした。キリは
「じゃあちょっと、下のあんこうちゃんに報告してくるね。気が向いたら後で来て」
と言って、また一人で、イソギンチャクの光の中に入っていきました。
ウリは、キリの行く方を頑張って見ようとしましたが、すぐに光に溶けてしまったようになって、見えなくなってしまいました。
キリも始めはウリが付いて来てくれるかなと、後ろを気にしていましたが、あの気持ちいい場所につくと、すっかりキリの事もあんこうちゃんの事も忘れてしまいました。
どれくらいたったか、気が済むまで楽しんだ後、海の底に向かいました。もうあんこうちゃんはいないんじゃないかと思ってたのですが、ぐるぐるの中に入って、しばらくすると、あの優しい光が見えてきました。
「おかえり~ 中はどんなだった?」
とあんこうちゃんが、機嫌よく迎えてくれたので、
「ごめんね。すんごい待たせちゃって」
と言うと
「そんなに待ってないよ」
と不思議そうに、言いました。後ろで同じように、にこにこしながらご両親がこっちを見ています。
驚きながら、不思議な場所や、海の上のほうにつながってた事などを話しました。
するとあんこうちゃんは
「上のほうに行くのは無理かも。僕たちは深い所でしかいられないんだ。」としょんぼりしています。
キリはしばらく考えて
「だったら、あの気持ちいいところまでは、大丈夫じゃない?」
と言うと、あんこうちゃんは、後ろを振り返って、ねだる様にお父さんとお母さんを見ました。
お父さんとお母さんも顔を見合わせて、考えています。
暫くして、お父さんが言いました。
「私たちも、その場所の事は聞いた事があります。そこはいろんな世界につながっているとも言われています。そんな光のある場所に行ったことがないので、私たちがどこまで行けるか分からないけど、この子が行きたがってるので、私たちも行けるとこまでついて行ってみます。」
あの場所を通る度に、どんどん元気になってるキリは、お父さんの気が変わらない内に
早速、一緒に行くことにしました。
キリの後に、お父さん、その次があんこうちゃん、そしてお母さん。二人であんこうちゃんを守るように、ゆっくりとついてきました。ぐるぐるを進んで、大分明るくなってきたけど、お父さんはそのままついて来てくれました。
ぐるぐるを抜ける頃、またあんこうちゃんの家族の事をすっかり忘れ、あの幸せな気分になってきました。そしてまた、たっぷりとその気分に浸っていると、すぐ近くに同じような気持ちで、3人仲良く漂ってるあんこう家族がいることにやっと気が付きました。
その時、なぜか提灯あんこうたちの事が全部分かったような気がしました。なぜずっと一緒なのか、暗い海底がどんなに危険なのか、どれだけあんこうちゃんが愛されているのかとか、それぞれの気持ちや今まであった事や全部が瞬間に感覚でわかる様な感じです。
そして、あんこう家族たちも、キリの全てを分かってるようです。
お互いに完全に理解し合い、まるで溶け合っているようです。
キリはやっぱり、どうしてもウリにここに来てほしいと思いました。
そして、あんこう家族に手を振って、上を目指しました。あんこう家族は何も言わなくても分かってくれたようです。
イソギンチャクから出ると、ウリは
「戻ってきたの?」
と聞きました。あの場所では全然時間がたたないみたいです。
キリはあんこうたちの話をして、どうしても来てほしいとお願いしました。
それを聞いた、クマノミ君は、僕も行ってみたいと言ってくれました。
そしてクマノミ君のお友達も行きたいと言ってくれたので、ウリもようやく行く気になってくれました。
キリを先頭に、みんなでイソギンチャクの光の中に入っていきました。
遠くのほうに提灯あんこうの家族が、まだ気持ち良さそうにそこにいるのが見えました。
キリの手をしっかり握っていたウリの手が、少し緩んできました。ウリも段々と気持ちよくなってきてるみたいです。二人は顔を見合わせてにこにこしながら、あんこうの方に進んで行きました。一緒に来たみんなも緊張が解けて、優しい笑顔になっています。
提灯あんこうの家族は、同じような優しい笑顔で出迎えてくれました。紹介する必要はないみたいです。みんななぜか瞬間に分かり合えてて、言葉が必要ないのです。
ただただハッピーな気分で、ずっとこうして居たいと思いました。
どれくらい時間がたったのか、誰にもわかりませんでした。
もうどこを見てもあまりまぶしく感じなくなっていましたが、ウリが、もっと強い光の輪っかを見つけました。そしてどんどん近づいて行きます。あのウリが今度は先頭になって、輪っかをくぐりました。何の躊躇もありません。もうみんなも全く怖さはありませんでした。提灯あんこうのお父さんやお母さんも進んでついて来ています。あんこうちゃんの事を気にかけることもなくなったみたいです。
輪っかをくぐると、今度は沢山の色とりどりに光る輪が出てきました。
みんなそれぞれ好きな輪をくぐりました。
キリとウリは、緑と金色に輝く光の輪をくぐりました。
すると突然、大きな木々の森に出ました。目の前に、おいしそうな真っ赤な実がなっていたので、ついばんでみました。「えっ」と思ったキリたち・・・自分たちが青と緑の小鳥になっている事に気が付きました。全く違和感なく、ずっとそうであったみたいに、赤い実もおいしいし、羽繕いもとても上手で気持ちいいです。
ふたりは森の奥に飛び立ちました。はじめは泳いでるような感覚が残りましたが、進んで行くうちに、人魚だった時の感覚はなくなっていきました。
森を抜けると、広いはお花畑に出てきました。広い青空とまぶしい太陽、向こうの方には雪をかぶった美しい山が連なっています。初めて見るはずの光景なのに、懐かしさを覚えます。キリとウリは、花畑に降りていきました。そこにはとても美しいオレンジ色の蝶がいました。ふたりはそれがすぐにクマノミ君だと気が付きました。
みんなで、花畑を追いかけっこしたり、森の中を冒険しながら遊びました。
木陰で休んでいると、一番高い山のすぐ上に、虹の輪っかが光っているのが見えました。
さんにんで顔を見合わせて、すぐにその輪を目指して飛んでいきました。
途中でキリはオレンジの蝶になったクマノミ君を頭に乗せてあげました。
そしてみんなで一緒に虹の輪っかをくぐりました。
急に暗くなりました。
そこは沢山の星のある宇宙でした。みんなは小さな星になっていました。少し離れた所に、三つ固まった、黄色っぽい星があります。
それを見たとたん、みんなあんこう家族だとわかりました。
嬉しくなって、流れ星になって、勢いよく近づきました。三つの星は、少し広がって、みんなを囲みました。
あんこうたちの光を見ていると、さんにんは、地底の世界に行っていたみたいです。
今度じっくり、お互いの話をするというか、お互いを感じようと思いました。
でも今は、小さな星として、ただただ輝いていたい気分でした。
みんなそれぞれに美しく、優しく、愛に満ちて、輝いていました。
しばらくすると、同じように見えていた自分たちの周りで輝いている星たちも、みんなそれぞれ違う事に気が付きました。
全ての星がそれぞれに美しく、優しく、愛に満ちて輝いていました。
全ての星が違う経験をしてきて、今一緒に輝いています。
自分も回りも、すべて違うけど、みんな同じです。
どれくらい恍惚感に満ちて、輝いていたでしょうか・・・
ふと海の中の事を思い出しました。 みんなも同じタイミングで、我に帰ったようです。
すると、輪になったみんなの上で輝いていた星が、くるっと大きく回って、光の輪を作りました。そしてそのまま回っています。
誰からともなく、みんなで手を繋ぎながらその星が作った輪をくぐりました。
気が付くと、みんなで輪になったまま、あの光のトンネルにいました。キリはクマノミ君とあんこうちゃんのひれを持っていました。
虹色に光るクラゲが、すぐ後から現れて、美しく光りながら、深海の方に消えてゆきました。あの光の輪を作ってくれたのは虹色クラゲさんかもしれません。
キリはあんこうちゃんたちと下から、ウリはクマノミ君と上から帰ることにしました。
それぞれお別れして、洞窟のお家の前で会った、キリとウリはうれしくなって、思いっきりハグしました。なぜか今までよりもっともっと、愛おしく思えたのです。
あんこうちゃんはあれから、一人で色んな岩を探検するようになりました。お父さんもお母さんも心配してついて来ることはなくなりました。今新しい子供たちの世話をしています。あんこうちゃんも時々面倒を見ています。
クマノミ君は、他のイソギンチャクにも冒険しに行って、沢山のきれいなお友達ができました。
今度は、た~くさんの仲間と、あのトンネルで会うことになるかもしれません。
みんなまた会える事、そしてどんな体験ができるのかと、ワクワクしています。
おしまい
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