やさしい魔女
小さな村の、西側の山の中にお婆さんが一人で住んでいました。
お婆さんを知る人はだんだん少なくなり、村にあった、たった一軒の小さなお店も無くなったので、お婆さんは村の人達と、ほとんど会う事が無くなりました。
ある日、子供たちが山の中で、栗拾いをしていました。一人子が言いました。
「知ってる? この向こうの方にある家に魔女が住んでいるらしいよ。」
「何それ そんなのいるわけないよ。」
「行ってみる?」
「駄目だよ。そろそろ帰らないと怒られるよ。」
子供達は、そのまま山を下りて行きました。
それを聞いていた、二匹の子ぐまはびっくりしました。
そのお婆さんを見かけたことがあったのです。
「ねえ 本当かな?」
「でも、そんなに怖そうに見えなかったよ」
「だよね。」
子ぐまたちは、お婆さんの家に行ってみる事にしました。
小屋を覗いてみると、ぐつぐつと煮あがった大きな鍋をかき回していました。
「やっぱり、魔女かも…あれって魔女の使う薬だよ。カエルとかに変えてしまうんだ。もしかして毒かも。」
「え~~」
子ぐまたちは見つからないように、そ~っと戻る事にしました。
魔女の家から離れると、お母さんに話そうと、急いで帰りました。
でも家には、お母さんがいません。
段々暗くなって来ましたが、戻って来ません。
近くを捜してみましたが、全然姿が見えません。
真っ暗になって、家の周りを泣きそうになりながら、うろうろしているとタヌキのおじさんがやって来ました。
「どうしたんだい? こんな時間に二人で?」
「お母さんが帰ってこないの。」
二人は泣きながら、タヌキのおじさんに言いました。
「そう・・・・・もしかして君たちのお母さんは、婆さんの家にいるかもしれないよ。」
「えっ あの魔女の家?」
「ああ 村の子供達はそう言ってるみたいだね。」
「じゃあ、一緒に行こうか。」
子ぐまたちは急ぎながらも、心配でたまりませんでした。
魔女に何かに変えられていたらどうしよう。
まさか死んでたりしないよね。
二人とも、口に出すのが怖くて、ただ黙ってタヌキのおじさんの後をついていきました。
家の明かりが見えてきました。
二人は急に走り出しました。
家の中を覗くと、そこにはお母さんが横たわっていました。
二人は、わんわんと大泣きしました。
そこに、タヌキのおじさんが追い付いて来て、
「どうしたんだい?」
と言いながら中を見ました。
「お母さん、中にいるじゃないか。」
「お母さん魔女に殺されちゃったの?」
と二人はヒックヒックと泣きながら聞きました。
タヌキのおじさんはおかしそうに笑いました。
泣いている二人は背中を押されながら、家の中に入ると、お母さんが頭をあげてこちらを向きました。
「おか~さ~ん」
二人はお母さんに抱き付きました。
「どうしたんだい? いつまでも甘えん坊さんだね。」
とお母さんは子ぐまたちをなめたり、撫でたりしました。
タヌキのおじさんは笑いながら
「魔女に殺されちゃったと、思ったみたいだよ。」
というと
「魔女?」
お母さんはキョトンとしました。
「私の事みたいだね。」
とお婆さんは、カップを二つ持って、振り返りました。
そのマグカップを、ちょっと落ち着いた二人に差し出しました。
二人は、恐る恐るカップを手にしながら、受け取りました。
「大丈夫、今日は毒は入れなかったよ。」
とお婆さんは、二人を見ながら言いました。
「心配かけたね、ちょっとけがをしてね。お婆さんに薬をつけてもらっていたの。」
と起き上りながら言いました。
タヌキのおじさんは、お椀に何か入れて貰って、飲んでいました。
「これは、婆さんが作ってくれた、わしの薬だよ。これを飲むと足の痛みが取れるんだ。おまけにうまいんだよ。」
「あんたたちも、せっかくだから温かいうちに頂きなさい。」
とお母さんが言ったので、二人はほんのちょっとなめてみました。
とっても甘くてあったかい、蜂蜜たっぷりのミルクでした。
二人は、ごくごく飲んで、あっという間になくなりました。
とってもお腹が空いていたことにやっと気が付きました。
お婆さんは、嬉しそうに二杯目をついでくれました。
子ぐまたちは、やっぱりこのお婆さんは魔女かもしれないと思いました。
でもお母さんのけがを治してくれる、優しい魔女です。
二杯目のミルクはゆっくりと、優しい魔女の味を楽しみました。
冬の魔女
森に沢山の雪が降りました。
木の枝も、松や杉の葉にもたくさんの雪が積もり、森中がまっ白に輝いています。
冬眠していた子ぐまたちは、初めて見る雪に大はしゃぎ、雪の中で、走りまわっています。
枝をゆすって、雪を降らせたり、雪玉を投げ合ったりしているうちに、お婆さんの家の近くまで来ました。
「ねえ なんかいい匂いする。」
「えっ」
クンクン嗅いでみると
「本当だ。 あの魔女の家からだよ。煙も出てるし。」
「行ってみる?」
「うん」
二人はまた雪の中を走りました。
初めてお婆さんにあってから、二人はすっかり大好きになり、時々はちみつ入りのミルクを貰ったりしていました。でも二人がお婆さんの事を魔女と呼んでいるのは内緒です。
窓から、家を覗いてみました。
お婆さんは、大きなお鍋を腰に手を当ててかき回していました。
やっぱり魔女みたいです。
でも二人は、そこに何かおいしいものが入っているのを、もう知っているので、嬉しそうに顔を見合わせました。
初めての匂いがします。
お婆さんが、子ぐまたちに気が付いて、手招きをしました。
子ぐまたちは、勢いよく入って来ました。
「いらっしゃい ちょうど出来たところだよ。タイミングいいね。」
「すんごくいい匂い、何の料理?」
「これはね、あんたたちが大好きなミルクたっぷり入った、クリームシチューだよ。冬になるといつも作るんだよ。あんたたちにとっては初めての冬だね。よそってあげるから、テーブルで待ってて。」
「は~い」
二人は一緒に大きな声でお返事をしました。
お婆さんがお皿に二人のシチューをよそっていると、
「こんにちは」
鹿の兄弟が入って来ました。
「匂いに誘われてきちゃったよ。お婆さんのシチュー楽しみに待ってたんだ。」
すると今度はウサギとリスがやって来ました。
「今年初めてのシチュー うれしい~」
と言ってちょこちょこと大鍋を覗きに行きました。
窓の外を見ると、猿や、タヌキやキツネ沢山の動物がこっちに向かっています。
なんとその中には、お母さんもいました。
お母さんは二人を見て、
「まあ 先に来てたの。一緒に頂こうと思って探していたのよ。」
と二人を撫でました。
お婆さんは嬉しそうに、
「沢山来てくれたね~ たっぷりあるからね。」
お婆さんは次々とお皿にシチューをよそっていきました。
二人は、お母さんや猿たちと一緒にテーブルに運んでいきました。
テーブルは、シチューのお皿でいっぱいになりました。
テーブルの真ん中には、リスや野兎たちの小さなお皿が並べられています。
みんなテーブルを囲みました。
「いただきま~す」
と言って、子ぐまたちが食べようとすると、お母さんが
「まだよ。」
と言って、二人を止めました。
回りを見ると、みんなお皿を見つめながら、じっとしています。
「どうして食べないの?」
と聞くと、キツネのお姉さんが
「私たちには熱すぎるの。でもほら、こうやって匂いを嗅いでるのも楽しいの。」
と鼻を、お皿に近づけてクンクンしました。
お婆さんが、
「そろそろお先に頂こうかね。私はあったかいうちに。」
と言って、スプーンですくったシチューをフーフーしながら食べました。
「うん これならみんなも喜んでくれると思うよ。」
と言ってうれしそうに笑いました。
猿のお兄さんがお皿に指を入れました。
「あちっ でもおいしい!」
と指を舐めながら言いました。みんな増々顔をお皿に近づけました。
もう待ちきれない、と子ぐまたちが、鼻をシチューに付きそうなくらい近づけていると、お婆さんが、言いました。
「もうそろそろ大丈夫のようだよ。」
みんな一斉に
「いただきま~す」
と言って、勢いよく食べ始めました。
口々に「美味しい」とか「うまい」とか言いながら、あっという間に食べてしまい、綺麗に舐めて洗ったようなお皿が、テーブルに並びました。
「きれいに食べてくれたね~ ありがとう。」
お婆さんはとても嬉しそうです。
「ごちそうさま~」
みんなも嬉しそうです。
タヌキの夫婦が、表に行って、持ってきた自然薯をお婆さんに渡しました。鹿の兄弟もムカゴを採って来てたようです。
「まあ こんなにたくさん。何を作ろうかね。またみんなにごちそう出来るね。ありがとうね。」
と言って、ちょっと考えながら籠に入れました。
冬の魔女の優しい御馳走はまだまだ続きそうです。
子ぐまたちは、顔を見合わせて目を輝かせました。
最後まで読んでくれてありがとう